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金沢地方裁判所 昭和43年(行ウ)14号 判決

原告 井村幸裕

被告 敦賀税務署長 ほか一名

訴訟代理人 南亮 ほか七名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  本件更正請求却下処分について

1  本件更正請求却下処分に至るまでの経緯

(一)  原告が昭和三八年五月二一日別紙一記載の資産を大阪市に譲渡し、別紙一記載のとおり三五、一〇〇、〇〇〇冊の譲渡所得を得たこと、及び同資産が事業用資産であつたことは被告らにおいて明らかに争わないので、自白したものとみなす。

そして、原告が昭和三九年三月に昭和三八年分所得税の確定告書を提出し、譲渡所得なしと申告した事実は、当事者間に争いがない。

(二)  原告が昭和三九年六月から同年一二月一四日までの間に別紙二記載の資産を譲渡し、別紙二記載のとおり三〇、五七一、三〇六円の譲渡所得を得たこと、及び同資産が事業用資産であることは、被告らにおいて明らかに争わないので、自白したものとみなす。

そして、原告が昭和四〇年三月一五日に昭和三九年分所得税確定申告書を提出し、譲渡所得を一、〇〇〇、〇〇〇円として申告した事実は、当事者間に争いがない。

(三)  原告が昭和四〇年一一月二二日上京税務署長に対し昭和三八年分の譲渡所得を一七、四七五、〇〇〇円、昭和三九年分の譲渡所得を一六、〇一〇、五一三円として所得税の修正申告をなした事実は、当事者間に争いがない。

(四)  原告が昭和四一年六月二九日上京税務署長に対し、原告は別紙三記載の本件買換資産を取得したところ、別紙一及び二記載の本件譲渡資産の譲渡と別紙三記載の本件買換資産の取得は事業用資産の買換えに該当するとして、昭和三八年分及び昭和三九年分の譲渡所得をなしとする旨の所得税の更正請求(本件更正請求)を行なつた事実は、当事者間に争いがない。

(五)  また、上京税務署長が昭和四二年四月二六日、本件更正請求は修正申告のなされた昭和四〇年一一月二二日の翌日から起算して一月を経過した後になされたから不適法であるとして、これを却下する処分(本件更正請求却下処分)を行なつた事実は、当事者間に争いがない。

(六)  そして、原告が現在被告敦賀税務署長管轄区域内に住所を移転していることは当事者間に争いがないところ、原告は同被告を相手方として、上京税務署長の行なつた本件更正請求却下処分は違法であるとしてその取消を求めているので、以下この点につき判断する。

2  本件更正請求却下処分の適否

(一)  まず、本件買換資産のうち、別紙三の4及び5記載の物件は、いわゆる什器備品に属するもので、旧租税特別措置法第三八条の六第三項にいう買換資産に該当しないことが明らかであるから、別紙三の4及び5記載の物件の取得を理由とする更正請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

(二)  次に、本件買換資産(そのうち別紙三の4及び5記載の物件はそもそも買換資産に該当しないこと(一)記載のとおりであるが、この点は暫く置く。)の取得日について、原告は本件買換資産のうち別紙三の1ないし7記載の物件を昭和三九年一二月三〇日に取得し、別紙三の8記載の物件を昭和四〇年一二月二七日に取得したと主張するのか、あるいは本件買換資産の全部を昭和四〇年一二月二七日に取得したと主張するのか、必ずしも明らかでない。原告は、第五回口頭弁論期日において、本件買換資産似全部を昭和四〇年一二月二七日に取得したと一応釈明しているが、弁論の全趣旨からすると、本件買換資産のうち別紙三の1ないし7の物件は昭和三九年一二月三〇日に取得したと主張しているものと解する余地がある。

しかしながら、いずれにしても〈証拠省略〉によると、次の事実が認められる。

(1) 本件買換資産の売買に関する原告と訴外日本レジヤー産業株式会社(当時の商号は美浜温泉株式会社)間の昭和三九年一二月三〇日付の契約書には、表題として「仮契約書」と記載され、更に「登記並に引渡しは右紛議の解決或は甲乙協議の上可及的速やかにこれが実行を為すものとする。」と記載されている。

(2) 同じく昭和四〇年一二月二七日付の契約書には、「(株)山田工務店並に(株)大丸との訴訟問題が解決したる時をもつて登記引渡しをなす原則とするも甲、乙、丙、協議の上右解決前と言へどもこれが実行をなすことができる。但し乙より請求ありたるときは何時なりとも売買予約に基づく仮登記をなすことができる。」と記載されている。

(3) 訴外日本レジヤー産業株式会社が被告敦賀税務署長に提出した確定申告書添付の昭和四一年三月三一日現在貸借対照表には、同社は一一〇、五一八、八四〇円の建物を所有している旨の記載がある。

以上の事実に、原告自身本件買換資産の売買代金額は昭和四一年六月二二日になつて確定したと主張していることを併せ考えると、昭和四〇年一二月末日現在においても、本件買換資産は未だ訴外日本レジヤー産業株式会社の所有に属し、同社と原告間においては売買予約がなされていたにすぎないものと認められる。

そうだとすると、原告が旧租税特別措置法第三八条の六第三項の規定の適用を受けるためには、遅くとも昭和三八年分所得税については昭和三九年一二月末日までに、昭和三九年分所得税については昭和四〇年一二月末日までに本件買換資産を取得していなければならないから、本件更正請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないといわなければならない。

(三)  仮に、原告が本件買換資産のうち別紙三の1ないし7の物件を昭和三九年一二月三〇日に取得したとしても、旧租税特別措置法第三八条の六第三項の規定の適用を受けるためには、右同日より一年以内に右物件を事業の用に供さなければならないが、原告は昭和四一年三月四日頃に訴外日観サービス株式会社に対しこれを賃借して事業の用に供し始めたと主張しているから、右物件に関しては主張自体からして同規定の適用は認められない。

そして、仮に原告が右物件を昭和四〇年一二月二七日に取得したとすれば、昭和三八年分所得税については旧租税特別措置法第三八条の六第三項の規定の適用を求める更正請求を行なうことができない。前記のとおり、昭和三八年中の譲渡資産に対応する買換資産は遅くとも昭和三九年中に取得しなければ、右規定の適用がないからである。

(四)  また、仮に、原告が昭和四〇年一二月二七日までに本件買換資産を取得したとしても、旧租税特別措置法第三八条の六第三項の規定の適用を求めて更正請求を行なうためには、同法第三八条の七第二項及び第三六条第三項の規定により、買換資産取得の日から四月以内に更正請求をしなければならないが、本件更正請求は昭和四一年六月二九日になされているから、期限徒過により不適法な請求といわなければならない。

原告は、右の四月という期間は買換資産の取得価額確定の日又はこれを事業の用に供し始めた日から起算すべきであると主張するが、四月の起算日を原告主張のように解することは、右明文の規定に反することとなるので、原告の主張は採用できない。

(五)  原告は、本件においては、右のような四月の期間の制限は宥恕さるべきであると主張する。

旧国税通則法第一一条は、税務署長等は「災害その他やむを得ない理由」により、国税に関する法律に基づく請求等の期限をその理由のやんだ日から二月以内に限り延長できる旨定め、災害や、通信、交通その他の状況によりやむを得ない理由があると認められる場合について、期限延長の道を開いている。しかしながら、原告が請求原因2の(三)において主張しているような事由は、右規定にいう「災害その他やむを得ない理由」に該当しないものといわなければならない。

そのうえ、昭和四五年政令第五一号による改正前の国税通則法施行令第三条の規定によると、税務署長に対し期限の延長を求めるためには、理由を記載した延期申請書を提出しなければならないが、原告が上京税務署に対し延期申請書を提出したということについては、主張も立証もなく、この点からも期限の延長は認められない。

(六)  以上のとおり、昭和三八年分所得税及び昭和三九年分所得税の更正を求めて原告が昭和四一年六月二九日に行なつた本件更正請求は、旧租税特別措置法第三八条の六第三項の要件を具備しないから理由がなく、かつ、同法第三八条の七第二項及び第三六条第三項に規定する請求期限を徒過しているから不適法である。上京税務署長が本件更正請求は修正申告の日から起算して一月を徒過しているから不適法であると判断し、本件更正請求却下処分を行なつたのは、理由において適切さを欠いたものというべきであるが、本件更正請求はいずれにしても不適法であるから、本件更正請求却下処分は相当であり、これを取消すべき理由はない。

二  四三・三・一三裁決及び四三・九・一一裁決について

1  四三・三・一三裁決及び四三・九・一一裁決に至るまでの経緯

次に述べる事実については、当事者間に争いがない。

すなわち、原告は、昭和四二年五月二四日付で本件更正請求却下処分について、上京税務署長に対し異議を申し立てたところ、上京税務署長は、同年九月一六日、右異議申立を棄却する旨決定した。そこで、原告は、同年一〇月一五日、右異議申立棄却決定について大阪国税局長に対し審査請求(四二・一〇・一五審査請求)を行なつた。その後、原告は、被告敦賀税務署長管轄区域内、したがつて被告金沢国税局長の管轄区域内へ住所を移転したところ、被告金沢国税局長は、昭和四三年三月二一日付で、原告の四二・一〇・一五審査請求を却下するとの裁決(四三・三・一三裁決)を行なつた。同裁決の理由は、原告の前記異議申立について、異議申立のなされた昭和四二年五月二四日の翌日から起算して三月を経過する日までに異議申立について決定がなされなかつたので、旧国税通則法第八〇条第一項第一号の規定により同年八月二五日に大阪国税局長に対し審査請求(みなし審査請求)がなされたものとみなされたところ、原告の四二・一〇・一五審査請求は適法に審査請求がなされたものとみなされた後に行なわれた二重の審査請求であるから、これを却下するというものである。そして、被告金沢国税局長は、みなし審査請求について、昭和四三年九月一一日付で、同審査請求を棄却するとの裁決(四三・九・一一裁決)を行なつた。

なお、〈証拠省略〉によれば、原告の右異議申立書が上京税務署長により受理された日は、昭和四二年五月二五日であることが認められる。

また、上京税務署長が原告の昭和三八年分所得税修正申告に対し重加算税二、五〇五、六〇〇円の賦課決定処分を行なつた事実は、当事者間に争いがないが、原告が同重加算税賦課決定処分について異議申立又は審査請求を行なつたか否かについて、当事者間に争いがある。しかし、被告金沢国税局長は、右重加算税賦課決定処分は被告敦賀税務署長において昭和四三年一〇月五日付で全部を取消したと主張し、原告もこれを明らかに争わないので自白したものとみなすべく、同事実によれば、前記各裁決のうち右重加算税賦課決定処分に関する部分については対象を欠き、いずれにしても取消を求むべき訴の利益を欠くに至つたものというべきである。そこで、以下、前記各裁決のうちのその他の部分について判断することとする。

2  四三・三・一三裁決の取消を求める訴の利益

被告金沢国税局長は、原告は本訴においてみなし審査請求について判断した四三・九・一一裁決の取消を求めているのであるから、四二二〇二五審査請求を二重の審査請求であるとしてこれを却下した四三・三・一三裁決の取消まで求むべき訴の利益がないと主張するので、まずこの点につき判断する。

原告は、本件更正請求却下処分について昭和四二年五月二四日付で異議を申し立てたところ、上京税務署長が同年九月一六日異議申立棄却決定を行なつたので、同年一〇月一五日大阪国税局長に対し審査請求(四二・一〇・一五審査請求)を行なつたにもかかわらず、被告金沢国税局長が同年八月二五日に既に審査請求がなされたものとみなしたうえ、これに対し四三・九・一一裁決を行なつたのは違法であり、被告金沢国税局長は原告の四二・一〇・一五審査請求について実体的判断をなすべきであつたと主張し、四二・一〇・一五審査請求を二重の審査請求として却下した四三・三・一三裁決の取消を求めているものである。

そして、四三・九・一一裁決が判決で取消されたとしても、被告金沢国税局長は行政事件訴訟法第三三条第二項の規定により、判決の趣旨に従い、改めてみなし審査請求に対する裁決をしなければならないが、四二・一〇・一五審査請求に対して改めて裁決することは義務づけられない。被告金沢国税局長に対し四二・一〇・一五審査請求について改めて裁決することを義務づけるためには、四三・三・一三裁決を判決で取消す必要がある。

このように本件では一個の異議申立に対して、みなし審査請求と、現実になされた審査請求が併存する関係となつたため、国税局長は、前者に対しては内容に入つて判断し、審査請求棄却の裁決をし、後者に対しては二重審査請求に当るとし、却下の裁決をしたものであるが、本来は税務署長がした更正請求却下処分に対する不服申立として一個の裁決で応答しなければならない関係にあつたことは明らかである。したがつてこのような結果が生じたのは、本来は一個であるべきはずの審査請求が現実には二個生じたためであり、これに対する裁決も棄却と却下の二つの裁決で応答せざるを得なくなつたのである。したがつて両者は結局基礎において一個の不服申立に対応するものであり、みなす審査請求を適法とみるとその後現実になされた審査請求は二重請求となり、右みなし規定の適用を否定すると現実の審査請求は二重請求にならない、といつた牽連関係にあることが明らかであるから、本件の如き各裁決に対し不服のある者は、両者に対し取消の訴を提起する利益があるというべきであり、両者が右の如き関係にあることを理由に、一方についてのみ訴の利益を認め、他方を否定するときは、矛盾した法律関係を生ずることになつて許されない。

したがつて、原告は四三・三・一三裁決の取消を求める訴の利益を有するものであり、被告金沢国税局長の本案前の主張は採用できない。

そこで、進んで、本案について判断することとする。

3  四三・三・一三裁決の適否

原告は、原告の前記異議申立については、上京税務署長が昭和四二年九月一六日に決定を行なつているのであるから、何らの決定なき場合と同視して旧国税通則法第八〇条第一項第一号の規定を適用したのは、同規定の解釈を誤つたものであると主張する。

しかし、旧国税通則法第八〇条第一項第一号の規定によれば、異議申立がされた日の翌日から起算して三月を経過する日までに、その異議申立について決定がなされない場合には、異議申立人において別段の申出をしたときを除き、その経過する日の翌日において、国税局長に対し審査請求がなされたものとみなされ、事件は自動的に国税局長に対する審査請求として移行することが明らかである。

本件においては、原告から上京税務署長に対し昭和四二年五月二四日付で異議申立がなされ、同異議申立は翌二五日上京税務署長に到達しているが、同二五日の翌日から起算して三月を経過する日までに同異議申立について決定がなされなかつたので、旧国税通則法第八〇条第一項第一号の規定により、その経過する日の翌日、すなわち同年八月二六日に審査請求がなされたものとみなされたというべきである。上京税務署長は同年九月一六日に右異議申立について決定を行なつているが、これは事件が既に同年八月二六日に審査請求手続に移行していることを看過したもので、無効というほかなく、右同日付でなされたとみなされた審査請求がこのような決定により遡つて効力を失うものと解することは、明文の根拠を欠くうえ、手続の明確性、安全性を害することになるものと考えられる。

したがつて、原告の四二・一〇・一五審査請求は、昭和四二年八月二六日に適法な審査請求がなされたものとみなされた後に行なわれたものであるから、二重の審査請求というべく、これを却下した四三・三・一三裁決は適法である。

なお原告は、上京税務署長が、本件異議申立棄却の決定に対し大阪国税局長に審査請求できる旨を説示しているから、右説示に従つてなした現実の審査請求は適法であり、この場合みなし審査請求の規定は働かないと主張するが、右主張を構成する法律上の根拠がないばかりか、かりにそのような事実があつたとしても、原告に対しては法律の規定によりすでに審査請求があつたものとみなされ右説示以上の不服申立者に対する手続上の保障が付与されているのであるから、あえて右説示に従つた取扱いをする実益もない。したがつて右主張は採用できない。

4  四三・九・一一裁決の適否

原告は、被告金沢国税局長が昭和四二年八月二五日に審査請求がなされたものとみなしたことは違法であり、したがつてこれに対する四三・九・一一裁決も違法であると主張する。しかし、昭和四二年八月二六日に審査請求がなされたものとみなすべきこと、前述のとおりである。被告金沢国税局長が同月二五日に審査請求がなされたものと判断したのは、日付において一日の誤りを犯したものというべきであるが、同被告は原告の同年五月二四日付の異議申立が審査請求に移行したと判断しているのであり、同年八月二六日になされたものと適法にみなされるべき審査請求について裁決していることは明らかである。そして、右のように審査請求がなされたものとみなすことが適法である以上、これに対する四三・九・一一裁決も適法であり、これを取消すべき理由はない。

なお、原告は、請求原因4の(二)及び(三)において、本件更正請求は適法であるにもかかわらず、これを不適法として却下した本件更正請求却下処分を支持した四三・九・一一裁決は違法である旨の主張をしているが、右主張は畢竟原処分たる本件更正請求却下処分の違法を理由として四三・九・一一裁決の取消を求めているものというべきであるから、行政事件訴訟法第一〇条第二項の規定により、主張自体失当といわなければならない。

三  結論

以上のとおり、原告の本訴各請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上孝一 泉徳治 沼里豊滋)

(別紙一)

譲渡年月日(昭和)

譲渡資産

譲渡先

収入金額

取得価額

経費

譲渡所得

38.5.21

大阪市東淀川区東三国町1-208

畑2反

大阪市

24,600,000

1,200,000

0

23,400,000

同所同番

畑1反

12,300,000

600,000

0

11,700,000

昭和38年分合計

36,900,000

1,800,000

0

35,100,000

別紙二、三〈省略〉

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